【僕の大学生時代】


僕は高校卒業後、一年浪人して、1993年春に
京都大学文学部 に入学しました。
入りたい大学だったので、当時も嬉しかったし、いまでもよかったと思っています。

「なんだ、いい学校に行った人の話か。自分には参考にならないや」なんて考えないで下さい。
就職を考えたとき、名前がある大学のほうが恵まれていると思うことがあるかも知れません。
世の中の論理として、そういったベクトルがないといったら嘘になります。
僕も、自分が思っている以上に助けられているのかも知れないです。

だから、君がまだ高校生だとしたら、「自分のやりたいことができる大学がいくつかあるのならば、なるべく名前のある大学にチャレンジしよう」と言うこともあると思います。

でも、それよりももっと言いたいことは、大学の名前どうのということは本質ではなく、そこで 何をやっているか(あるいはやってきたか)、自分を磨こうとして、あるいは日々を面白くするために、どんなことにエネルギーを注ぐかのほうがはるかに大切 だということです。

政治・経済・スポーツ・芸能・恋愛・ファッション・イベント・旅行・留学・アート・ブランド・アルバイト… 何にでも興味を持って、一日一日を大事に過ごしていってください。
頭で考えるだけではなく、少しでも多く行動するようにしてください。

でも、こんなことは今だから言えること!
僕自身は、
全然アクティブではない、頭でっかちの大学生でした。

自分が何をやっていきたいのか、どういうことに情熱を注いでいける人間なのか、まったくわからずに時間ばかりを消費する、
典型的な親不孝学生でした。

講義やゼミには単位を取るために参加していましたが、内容にはそれほど強い興味が持てませんでした。
なんというのか、大学で教えてもらうことには生々しさが感じられなくて、はやくこの時間が終わらないかなと思ってばかりいました。

そういったものよりも、強烈な体験をしている人の話であるとか、繊細で豊かな世界を描き出すストーリを安価に手に入れることのできる
読書や、そういったものを映像で描き出す映画の鑑賞、さらに日本とはまったく境遇の違うなかで生活している人たちと直にコミュニケーションのとれる海外旅行等に惹かれ、お金もエネルギーもはるかに多く割いてきました。
自分の血肉になるのは結局そういったものになるというのは、僕の経験からも強く言えます。
やりたいことをガンガンやって、やりたくないことはバッサリと切る、もったいない感じもしますが、ぐずぐずと我慢をしながらの努力はもっと勿体無いので、君にもエネルギー配分を間違えないようにとアドバイスしたいです。
ビジネス界で「選択と集中」(※1)という言葉がありますが、まさにその発想が君にも必要です。
あまり範囲を限定すると、視野が狭くなってしまうという心配もあるかもしれません。
そういう感覚はある意味健康だし、食わず嫌いは僕もよくないと感じます。
でも、自分が面白いと感じることをどんどんやっていると自然に次の世界が現れてきたりするので、そういうふうにある特定の分野を深く追求していきながら、その過程で派生的に出てくるものをとらえていくやり方で進んでいっていいと思います。
むしろ
ポイントは「これだ」と感じたことをどれだけ真剣にやれるか、になります。

(※1)自社の得意な分野、強い部分を明確にし、その領域に集中的に経営資源を注いでいく経営手法。


サークルは
体育会自動車部 に入っていました。
副主将でした。
夜な夜な(だいたい夜9時くらいに出て、あくる2時とか3時とかに戻ります)出かけては、京都の山道を走ってドライビング技術を磨き、ラリー・ジムカーナ・ダートトライアルといった自動車競技レースに参戦しました。
これも好きなことだったので、得たものはたくさんあります。

超硬派というわけではありませんでしたが、それでもやはり体育会の部だったので、
独特の人間関係を学ぶことができました。体育会の雰囲気を嫌う人もいますが、厳しさや時折感じられる理不尽な部分は、社会に出てからの免疫をつくる効果もあると思います。
特に 新人のうちは怒られるのが仕事という面もあるのです。先輩たちも本気で仕事をしているのですから、怒り方もときには半端ではありません。そういったときにも逆ギレしたり、過度に落ち込んだりせずに冷静に受止めていく態度がプロとしては求められます。
そんな職場は嫌だと思いますか?でもよく考えると、先輩たちはそうやって、君が取引先やクライアントとの折衝でも動じないように鍛えてくれているのです。
そういったこともどこかで学んでいかなければなりません。
ちょっと怒られたくらいでポキッといっている余裕はないのです。

それと、サークル活動もやるのであれば、とことん入れ込まないと勿体無いです。
中途半端はダメですよ。
完成度や実績がどうのということではありません。達成する過程だったとしても構わないのです。自分がどれだけのモチベーションで事にあたっているかということが最も大切です。

ドライバーとしての才能がないのか、思ったような成績(全国に鳴り響くような成績)は残せなかったのですが、それでも
ある面クレイジーな部(クレイジーでないところは不思議と弱いのです)で真剣にかつ面白おかしく過ごした体験は、僕の貴重な一部となっています。


アルバイトはいくつかやりましたが、一番長くやっていたのはDPEショップ、写真の現像屋さんです。特に業務内容にこだわったわけではなく、アルバイト雑誌を開いて、下宿先から近いところで「オープニングスタッフ募集!」と書いてあったので始めやすそうだなと思って応募し、採用してもらえたのがきっかけです。
店長夫婦が 元ヤン(面と聞いたことはありませんでしたが、あの二人は絶対そうです!)で、学生アルバイトたちよりは年上だったけれどもお二人ともまだ若く、いつの間にか何年もやってしまっていました。
奥さんのほうが、「アルバイトだし、という感じが見られることがあるのは残念です。手を抜かずに真剣にやっていれば、
ここでの経験は絶対に後々も役に立つものになります!」と業務日報で皆に向けて書いていたことが非常に印象に残っています。
実際、そうだったと思います。手を抜いた部分は結局、後に繋がったものとはならないし、ときにはしっぺ返しとして戻ってくることさえあります。逆に自分なりに創意工夫をこらしたもの、苦労して頑張ったものというのは、そのときに金銭的なものとはならなくても、後で違う形で見返りが来ます。
アルバイトは君にとっては、社会を知る情報ソースでもあるし、貴重な経験の場でもあります。時給いくらで判断していては、せっかくの頑張りが半減します。意識の差によって、それ以上どころか、後になったら数倍数十倍もの労力が必要となる重要なことを学んだり手に入れたりすることが可能です。具体例はあえて示しませんが、そういったことがひとつひとつ、君自身の中身になっていきます。

僕は文学部哲学科でしたので、卒論は「
カント」というドイツ観念論哲学者の『実践理性批判』を題材として書きました。体重が減りました。先程、やりたいこと以外は切れと書きましたが、例えばこういった場合に他人の論を切り貼りするといったごまかしは僕はお薦めしません。
他人の論をたくさん集めて、それらを組み合わせていくことによって、新たな着想を産み出すということはぜひやるべきですが、創意工夫のない繋ぎ合わせは、単なる盗作の積重ねでしかなく、それをなんのためらいもなくやってしまうことは、将来的に尾を引きます。
たとえそれで卒業ができたとしても、嬉しくないと思います。
少なくとも、そういうのを要領が良いとは僕は言いたくない。
できるだけ、自分の言葉で誇りを持って説明ができるように、頑張って仕上げましょう。
教授も、真の教育者であれば、あなたのオリジナリティの有無を見て評価してくれるはずです。



【就職活動】

僕は主に関西で活動を行いました。

活動しながら動機をつくっていったところもあるのですが、その頃から経営者に憧れていたので、その
経営者がどんな性格の人たちで、どのように意思決定を行うのかということを知る職業がいいと考えて経営コンサルティングやベンチャーキャピタルや商社など、経営者に触れる機会が多そうな職をまず希望しました。それから、そのころはITブームが真っ盛りの頃でしたが、やっとパソコンを買ってインターネットをいじり出したころ(当時はまだほんの一部の学生にしか大学のメールアドレスの割り当てもされていないような状況でした)だったので、これからの一大産業にも強いビジネスマンとなっておきたいと思い、システム系の経営サイドに近いコンサルティングをやりたいという志望で会社を回るようになりました。
それと将来的には本も書くようになりたいと思っていたので、そういったときに経歴で名のある会社であるほうが断然読まれると思ったので、正直な話、一流企業を希望していました。
外資系のコンサルティング会社が人気もあって、お給料もよさそうだったのですが、恥ずかしい話、その動機が固まったころには既にそういった会社の通常の新卒採用はクロージングに入ってしまっていました。

そのような経緯があって、証券会社系列のシンクタンクが第一志望となりましたが、5回ほどの面接の後、落とされてしまいました。最後の面接官だった方に電話をかけて、「何故なんでしょうか?」と聞いてみましたが、明確には答えていただくことはできませんでした。そのときにはそれを覆すために自分をアピールする術もわかず、結局その会社とは縁がないということになりました。

結局、その会社と平行する形で話が進んで、内定をいただいていたSI系の会社に入ることになりました。その会社は大阪と東京に本社があって、僕は関西も好きだったので最初の段階では若干の躊躇もあったのですが、OG訪問を受けてくださった(優しい)先輩の、「
情報の量が違うし、新しいことは東京で始まるから、そういったことがやりたいのであれば、東京に行ったほうがいいよ」というアドバイスで迷いが消えました。

第一志望に落ちたとはいえ、苦労がなかったように感じられるかもしれませんが、そうではありませんでした。
絶対に点数のよかったはずのペーパーテストで落とされたり、こちらが話をしている途中で「もう結構です、わかりましたから。」と遮られたり、「申し訳ございません、昨日でエントリー期間は終了いたしました」と言われたり(これはこちらが悪かったのですが)、それなりの難はありました。

でも、全般的に言って、
就職活動は楽しくこなすことができました。
普段接することのできない会社の方々と話をすることができるし、親身にアドバイスをくださる方もいらっしゃるし、何より同じく大変な思いをしている学生と知合ってお互いの話をしたり、食事にいったりする機会が持てるので、ワクワクしながら家を出て行った覚えがあります。

大きな秘訣として、楽しんでしまうということがあると思います。
それどころじゃないよ、何十連敗もしているんだから!という人もいるかも知れませんが、そこで得ているのはすごく密度の高い情報です。
就職活動がなければ、一生接点のない会社というのもたくさんあります。
社会に出てからもニュースなどで自分が回った会社のことが出ると、真っ先に面接のときのことが思い浮かんだりします。
取引先として接するようになるときでも、就職活動時の印象は大きな影響を与えてくると思います。
いま考えると僕にはまだまだ行動力が不足していました。非常に勿体無いことをしたと感じます。

そうそう、
説明会などではなるべく美人(もしくはかっこいい男性)を探して隣に座りましょう。
筆記テストの後は「難しかったですね」と声をかけてみましょう。
カフェでリクルートスーツのひとがいたら、「就職活動ですか?」と言いながら近くに座りましょう。
電車で「面接の達人」を読んでいる人がいたら、「どこを受けるんですか」と聞いてみましょう。
意外な方向に話がすすんでいくかも知れませんよ。

自分から声をかけるのが億劫だという人は、採用する側からしたら一歩も二歩もマイナスです。
面接での控え室、マナーが見られているので静かにしていないといけないというのはある意味ではそうですが、別の側面から見たら違うのです。
お互いの話で盛り上がって、「うるさい!」と言われるくらいでも本当は調度いいと思います。
そのあとに「先程は申し訳ございませんでした、実はこれこれしかじかの話で熱が入ってしまいまして・・・」と展開していったほうが何倍も自分をアピールできます。
それでも眉をひそめる会社は…
入ってからも面白くないので、やめたほうがいいのではないでしょうか。

学校で習うことは、同じ条件のもとでは必ず同じ結果が出るというもの
です。
でも
社会ではそうではありません。
就職本で書いてあることを100%できる人がいたらどこでも通るかと考えたら、通りません。
そういったことに早く気付いていってください。



【サラリーマン時代】

そのようにして入った会社に翌年の4月1日、初出社しました。
1ヶ月の研修期間の後、各部署に配属。
僕は無事、希望するコンサルティング部門に入れていただけました。

最初の1年は勝負どころです。
厳しく指導をしてくる先輩もいますが、心の中では皆可愛がってくれています。
多少大胆なことをしても、笑って許してもらえる時期です。
トライをしてなるべく多くの失敗をしていきましょう。
学生の君には理解しづらい考え方かも知れませんが、新人のうちはどれだけ失敗ができるかにかかっています。

会社からすると、新人の失敗なんて、たいした損害にはなりません。
(もちろん意図的な破壊工作などは別ですよ。)
ほとんどは、自分の周りの人にしか知られずに終わります。
経営陣を青くするような失敗は、逆にすごいです。
それくらいのことを恐れずに体当たりでやってくる新人は、まず間違いなく幹部候補に入れられます。


偉そうに書きましたが、
僕は失敗ができませんでした。
思い描いていたイメージと業務がかけ離れていたのです。

前の項で書いたように、僕は経営者に触れる機会を望んでいました。
その考え方や人柄、行動力を吸収したいと思っていました。
しかし、入った会社が規模的に大きく、クライアントも日本で業界1番2番というようなところでした。
そういった会社の仕事をとってくる部長(当時は室長)もすごいと思って、その営業についてみたいとも思ったのですが、上司たちの言うことは「10年待ちなさい。経験を積んで、それからというのが当然でしょ。」と相手にもしてもらえないような状況でした。

間違えたな」と思いました。
かなりの長期間悩みました。
雑誌を開けば「危うい第二新卒」なんて書いてあるし、上司たちも「ドロップアウトしたら、もう後戻りはできないよ」というようなニュアンスのことを言っているし、親からも「次を探して、それから辞めることを切り出すものだ」と突き放すように言われるし、同期も「どの部署も大変なんだな」という反応です。

キャリアのない段階でのフルタイムの仕事をしながらの転職活動というのは、究めて大変です。
今考えても、重苦しさが鮮烈によみがえってきます。

それでも、その会社でキャリアを積み上げていく道は僕には考えられなかったので、転職活動をするしかありませんでした。
面白そうなことをやっていて、社員もイキイキしているという印象がある大きな会社も受けましたが、それと同時にターゲットとして出てきたのが
ベンチャー企業です。特にITベンチャーは、自分とさほどかわりのない年齢の若者たちが企業経営をし、マスコミにもバンバンと取上げられていて、すごくホットな状況でした。社員数数人から十数人であれば、経営者が何をやっているかもありありと観察できるはずです。
独自の履歴書を送ってみましたが面接前に不採用通知が来てしまったり、説明会兼面接の日程が会社のミィーティングと重なってしまって担当の方に相談をしたけれども、「それが最後の日程なので・・・」と断念せざるを得なかったり(会社には転職活動は内緒だったので、ミィーティングを不参加にすることはできませんでした。夜のミィーティングは珍しかったので、不運でした)、と難儀していた折、大学のときの同期が会社を創ったということを偶然に知ることになりました。
とりあえずと思ってコンタクトすると、「一回会いましょう」と言ってくれ、何週間か後にまず同期の彼と会い、その後副社長を交えて面接を行った結果、採用してくれることになりました。

元同期(というより元同じ部員です)ということで若干のやりずらさもあったはずですが、そんなことが気にならなくなるくらい、
スピードは速いし、モチベーションは高いし、マスコミにも出るし(フジテレビアナウンサーの千野志麻さんも取材にいらっしゃいまいた)、いろいろな人との関わりもあるし、なにより会社を経営することの実態を生で知ることができ、刺激的で大変勉強にもなる職場でした。

とは言え、時間的には大変でした。朝9時から夜の10時、11時までが通常です。
21時に友人と会うときなども、社内メールで「この日は(申し訳ないけど)21時であがります」と書いていた記憶があります。社長も取引先と「よる10時からなら空いているのですが・・・」なんて打合せのアポが日常茶飯事。
でも、面白い仕事をしようと思ったら、時間のことを考えていてはいけないです。
最初のうちからプライベートを充実させたいと考える人は、仕事で大成していくのはなかなか厳しいと思います。

図体の大きなところから、社員数人でやっているところへの移動は、
僕の中では成功でした。

でも、大小いくつかの理由があって、そこも1年足らずで辞めることになります。


その後、知合いのアメリカ人が始めた会社でしばらく仕事したあと、出版社系列のインターネット関連会社に行って、その後独立することになります。

それぞれ思い出がたくさんありますが、それらの話はまた別の機会にしたいと思います。



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